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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)257号 判決

原告

張紹基

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和53年審判第1021号事件について昭和57年7月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和46年7月15日、名称を「ポリエチレンテレフタレート成形物の成形方法」(その後「非強化ポリエチレンテレフタレートの成形方法」と補正)とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、特許出願(昭和46年特許願第52573号)をしたが、昭和52年10月24日拒絶査定を受けたので、昭和53年1月18日審判を請求し、昭和53年審判第1021号事件として審理された結果、昭和57年7月15日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年9月11日原告に送達された。なお、出訴のための附加期間を3か月と定められた。

2  本願発明の特許請求の範囲(昭和57年6月16日付手続補正書による補正後の記載)

平均分子量が約10,000ないし約30,000の範囲を有するポリエチレンテレフタレートを、その水分含量が約0.1~0.011重量%になるまで乾燥処理し、この乾燥処理された上記ポリエチレンテレフタレートを成形温度約210度Cないし295度Cの温度範囲に維持しながら、且つ加熱筒の高温部指示温度を所定の適正設定値260~290度Cの範囲内で且つその温度変動幅が±15度Cの範囲内に制御し、加熱溶融時間15分~30秒で且つ金型の温度を所定の設定温度から±7.5度Cの範囲内に保持して所定の形状に成形することを特徴とする非強化ポリエチレンテレフタレートの成形方法。

3  審決の理由の要点

本件出願は、昭和46年7月15日に出願されたものであつて、その発明は、「非強化ポリエチレンテレフタレートの成形方法」に関するものと認める。

これに対して、当審において昭和57年1月29日付で拒絶理由を通知したが、その内容は、本件出願は、明細書と図面の記載が不備で特許法第36条第4項および第5項に規定する要件を満たしていないとして、6点に亘つて不備な点を指摘したものである。そして、その第2点、第3点では、加熱筒の最高指示温度に関する点で特許請求の範囲の記載事項と実施例の記載事項とは対応していないこと、及び成形温度との区別が明りようでないことを指摘し、また、その第4点では特許請求の範囲では金型温度として所定の設定温度自体が特定されていないため、金型温度の範囲が不明であることを指摘している。

審判請求人(原告)は、昭和57年6月16日付で意見書と共に手続補正書を提出して、明細書の特許請求の範囲を前項記載のとおり補正した。

そこで、この補正を加味して、先づ前記第2点、第3点に指摘の事項を精査するに、特許請求の範囲の記載事項の加熱筒の高温部指示温度が「所定の適正設定値260~290度Cの範囲内で且つその温度変動幅が±15度Cの範囲内に制御し」と補正されたことにより実施例の記載事項との対応関係が明確となり、前記第2点で指摘した記載不備は解消している。しかしながら、第3点については、前記意見書において、審判請求人(原告)がなした「プラスチック加工業界では成型温度という場合は、大体シリンダー(加熱筒)の指示温度を(低温部と高温部を含めて)指称し、加熱筒の高温部指示温度は、その高温部を指称するのが業界の習慣である。故に自明のこととして特に明記しなかつた。」という釈明を一応是認するとして審判請求人(原告)が主張するような業界の習慣の通りに、補正後の特許請求の範囲に記載された、成形温度と加熱筒の高温部指示温度を定義した場合、加熱筒の高温部指示温度は少なくとも成形温度より低くなることはあり得ないことになるにもかかわらず、前記特許請求の範囲では、加熱筒の高温部指示温度の上限290度Cが成形温度の上限295度Cよりも低く特定されていて論理上矛盾する。

また、第4点で指摘した金型温度の設定温度自体は、補正後の特許請求の範囲でも依然として特定されていないので、本願出願の発明の構成に欠くことのできない事項と認められる金型温度の範囲が不明な点は解消していない。

そうだとすればその余の点は検討するまでもなく、補正後の特許請求の範囲でも本件出願の発明の構成に欠くことのできない事項が明りように記載されているものとは、到底認めることができないので、本件出願は特許法第36条第5項の規定を満たしていないものといわざるを得ない。

4  審決を取り消すべき事由

審決は、昭和57年6月16日付手続補正書による補正後の特許請求の範囲でも本件特許出願に係る発明の構成に欠くことができない事項が明瞭に記載されているものとは認められず、本件特許出願は昭和60年法律第41号による改正前の特許法第36条第5項の規定を満たしていないとしているが、右判断は誤りであつて、審決は違法として取り消されるべきである。

1 成形温度と加熱筒の高温部指示温度との関係についての判断の誤り

(1)  審決は、加熱筒の高温部指示温度は少なくとも成形温度より低くなることはありえないにもかかわらず、本願発明の特許請求の範囲では、加熱筒の高温部指示温度の上限290度Cが成形温度の上限295度Cよりも低く特定されていて論理上矛盾する旨判断しているが、次に述べるとおり右判断は誤りである。

成形温度とは、本来、成形のときに成形材料を加熱して可塑性を与えるか、またはキユアするのに必要な温度をいうが、本件特許出願当時、当業者の間では一般に、射出成形、押出成形における成形温度とは加熱筒内の成形材料の温度をいうものとされていた。したがつて、本願発明の特許請求の範囲に記載されている成形温度も加熱筒内の成形材料の温度を意味するものである。

ところで、加熱筒内の成形材料の実際の温度を知るためには、材料をノズルから射出してだんご状とし、その中に温度計を入れて測定しなければならない(株式会社工業調査会発行・森隆著「射出成形品の設計」((甲第17号証))の第55頁)が、右のような方法で連続して測温し、成形温度を制御することは現実的には不可能である。そこで、当業界では、加熱筒の温度と成形温度との間に、一般的に相関関係が存することを利用して、センサー(熱電対)を備えて加熱筒の温度を測定することにより成形温度を具体的に制御しているのであるが、もとより右両温度は相等しいものではなく、成形温度は、成形材料の内部摩擦による自己発熱ために加熱筒の温度よりも高くなることがある(このことは、技術的に自明かつ周知の事項であつた。)。

本願発明は、右のような事実関係を前提として、成形条件をできる限り厳格に制御すべく、成形温度及び加熱筒の高温部指示温度につき特許請求の範囲記載のとおりの数値限定をしたものである。

右のとおり、加熱筒の高温部指示温度が成形温度より低くなることはありうるのであるから、これと異なる見地に立つ審決の前記判断は誤つているものというべきである。

(2)  被告は、本願明細書(昭和53年2月17日付手続補正書による全文補正後の明細書)の発明の詳細な説明中における「成形温度(加熱筒の温度)」という記載は成形温度と加熱筒の温度とが実質的に同一のものであることを表示しているとみるのが通例であると主張するが、本願明細書の発明の詳細な説明に記載された内容に徴して、右記載は成形温度と加熱筒の温度とが同一であることを表示するものではなく、相関関係にあることを表示するものであることは明らかである。そして、本件特許出願の願書に最初に添付した明細書の第5頁第1ないし第3行には「成形条件としては、成形温度が200~300度Cで15分以内で成形材料を加熱溶融する。」と記載されているが、これは加熱筒内の成形材料の温度(成形温度)に関するものであるのに対し、実施例における、例えば「成形材料を加熱筒の温度250~270度C」(右明細書第6頁第2行)という記載は加熱筒の温度を示しているのであつて、右明細書において成形温度と加熱筒の温度とは明確に区別されていること及び実施例において加熱筒の温度が最も高いもの(実施例2)は290度Cであるのに対し、右明細書の特許請求の範囲に記載された成形温度の上限は300度Cであつて、両者間に10度Cの差があることからしても、「成形温度(加熱筒の温度)」という記載は、成形温度と加熱筒の温度が同一であることを示していないことは明らかである。

次に、被告は、本願発明において、成形材料の温度範囲の制御と加熱筒の温度範囲の制御をそれぞれ別個に意義のある構成要件としているから、成形温度と加熱筒の温度とが相関関係にあるという原告の主張は理由がない旨主張するが、成形温度はあくまで加熱筒内の成形材料の温度であり、加熱筒の温度は加熱筒自体の温度であつて、温度制御をより厳密にするためにそれぞれ別個の温度範囲を設定したものであるから、被告の右主張は理由がない。

2 金型温度についての判断の誤り

審決は、金型温度の設定温度自体が特定されていないので、本願発明の構成に欠くことができない事項と認められる金型温度の範囲が不明であるとしているが、右判断は、次に述べるとおり誤りである。すなわち、本願発明は、金型温度のポイント設定それ自体の特定を構成要件とするものではない。本来、金型温度の設定値は、成形機の種類(押出成型機、射出成形機の別)、機種、大小、成形金型の形状の複雑性、成形品の肉厚などの諸要素によつて多種多様であり、これらを一つに包括して特定できるものではなく、従来より当業者が現実に成形作業を行う場合は、右の諸要素を考慮して経験的に金型の温度を一定に設定して行つていたものである。本願発明においても、金型温度の最初のポイント設定は右従来からの手法を採用することを前提としたうえで、この設定温度を基準として、その後の金型温度を一定範囲内に保持して変動しないようにした点に特徴が存するのであつて、審決の前記判断が誤りであることは明らかである。

第3被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。審決の判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

1 成形温度と加熱筒の高温部指示温度との関係について

本願発明の特許請求の範囲に記載されている成形温度が加熱筒内の成形材料の温度を意味するものであること、射出成形において、一般的には、加熱筒の温度と成形温度とは相関関係にあり、また、成形温度が成形材料の内部摩擦による自己発熱のため加熱筒の温度よりも高くなることがあることは、原告主張のとおりであるが、次に述べるとおり、右のような一般的な温度関係は、本願発明には該当しないものというべきである。

(1)  本願明細書の発明の詳細な説明中には、「成形温度(加熱筒の温度)」という記載が随所に存在するが、このような記載は、成形温度は加熱筒の温度と実質的に同一であることを表示しているものとみるのが通例である。したがつて、本願明細書の記載からは、成形温度すなわち成形材料の温度と加熱筒の温度とは同一であつて、単に相関関係にあるとは認められない。

(2)  本願発明書中の発明の詳細な説明において、成形材料の温度と加熱筒の温度とは区別して用いられていないし、また、加熱筒の温度を測定、制御することによつて、どのようにして間接的に成形材料の温度を測定し、制御するのかについて全く説明されていない。

したがつて、本願明細書の記載からは成形材料の温度と加熱筒の温度を同一のものとして扱つているものと認めざるをえないから、この点からしても前記一般的な温度関係が本願発明に該当するとは認められない。

(3)  加熱筒内の成形材料の温度を直接的に測定することは不可能なので、加熱筒の温度を測定することにより成形温度を間接的に制御するという原告の主張にしたがえば、本願発明の特許請求の範囲記載の210度Cないし295度Cの温度範囲内の成形材料の温度制御は、とりも直さず、260度Cないし290度Cの温度範囲内で、かつ、その温度変動幅が±15度Cの範囲内の加熱筒の温度制御にほかならないのに、右特許請求の範囲では双方の温度範囲を重複して限定している。これによれば、本願発明の特許請求の範囲においては、成形材料の温度範囲の制御と加熱筒の温度範囲の制御がそれぞれ別個に意義のある構成要件とされていると理解すべきであるから(さもなくば、全く無意味な二重限定をしていることになる。)、結局、成形材料の温度と加熱筒の温度とが相関関係にあるとの原告の主張は首肯し難いこととなる。

以上(1)ないし(3)で述べたとおり、原告主張のような成形材料の内部摩擦による自己発熱という現象を本願発明の前提となる周知事項として立論すると、本願明細書の記載内容にまた新たな矛盾を生じ、明細書の記載不備を一層あらわにする結果となるものであつて、本願明細書に本来的に不備があつたことは明白である。

なお、成形温度が加熱筒内の成形材料の温度を意味するものであることは本訴になつてはじめて主張されるに至つたものであつて、原告が審判手続で提出した昭和57年6月16日付意見書(甲第8号証の2)には「プラスチック加工業界では成形温度という場合は大体シリンダー(加熱筒)の指示温度を(低温部と高温部を含めて)指称し、加熱筒の高温部指示温度は、その高温部を指称するのが業界の習慣である。故に自明のこととして特に明記しなかつた。」(第5頁第12行ないし第17行)と記載されており、また、前記のとおり本願明細書に「成形温度(加熱筒の温度)」と記載されていたために、審決のとおりの判断をしたものである。

2 金型温度について

原告は、金型の設定温度自体は特定できない旨主張するが、本願発明において、所期の目的を達成するために金型温度も重要な一要素となつていることは明白であり、そうだとすると、特許請求の範囲記載のような変動幅だけを定めるだけですむはずはない。本来、金型温度を、一旦設定した温度からなるべくずれないように保つこと自体は慣用技術といつてもよいのであるから、微少な変動温度幅を記載する程度では発明の構成は明確に記載されているとはいえない。

右のとおりであつて、原告の主張は理由がないものというべきである。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。

1 成形温度と加熱筒の高温部指示温度との関係について本願発明の昭和53年2月17日付手続補正書による全文補正後の明細書(成立に争いのない甲第4号証の2、以下「本願明細書」という。)によれば、本願発明は、「所定の範囲の平均分子量を有するポリエチレンテレフタレートを厳格にコントロールされた所定の成形条件下において成形し強靱な成形品を得る非強化ポリエチレンテレフタレートの成形法に関する。」(第2頁第3ないし第7行)ものであつて、「耐圧力に優れ、引張強度、曲げ強度の大きい極めて強靱な射出成形品を得ることができる非強化ポリエチレンテレフタレート及びその繊維やフイルム等の廃棄物の再生加工する成形方法を提供することをその目的とするものである。」(第5頁第13行ないし第17行)ことが認められる。

ところで、成立に争いのない甲第18号証によれば、昭和38年10月20日財団法人日本規格協会発行・「日本工業規格 プラスチツク用語」には、成形温度の意義につき、「成形のときに成形材料を加熱して可塑性を与えるか、またはキユアするのに必要な温度をいう。一般に圧縮成形・トランスフアー成形などでは金型の温度をいい、射出成形・押出成形などでは加熱シリンダー内の材料の温度をいう。」(第12頁番号46)と記載されていることが認められ、右認定事実によれば、本件特許出願当時、成形技術業界では一般に、射出成形における成形温度は加熱シリンダー(加熱筒)内の成形材料の温度をいうものとされていたことが認められ、本願発明の特許請求の範囲に記載されている成形温度も加熱筒内の成形材料の温度を意味するものであることは当事者間に争いがない。そして、射出成形においては、一般に、成形温度と加熱筒の温度との間に相関関係があり、また、成形温度は成形材料の内部摩擦による自己発熱のために加熱筒の温度よりも高くなることがあることは当事者間に争いがない。

ところで、被告は、被告の答弁及び主張2、1、(1)ないし(3)記載の理由により、本願発明については、成形温度と加熱筒の温度に関する右のような一般的な温度関係は該当しない旨主張するので、この点について検討する。

前掲甲第4号証の2によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明における成形条件のうち、成形温度及び加熱筒の最高指示温度に関する具体的な制御手段について、次のとおり記載されていることが認められる。

(イ)  「ポリエチレンテレフタレートを成形温度約200度Cないし300度Cの温度範囲に維持しながら且つ加熱筒の最高指示温度を所定の適正設定値から±15度Cの範囲内に制御し(後略)」(第5頁第6ないし第10行)

(ロ)  「成形温度(加熱筒の温度)、加熱筒の最高指示温度の変動範囲、加熱溶融時間、金型の設定温度の変動範囲の条件を適当な範囲に設定し有機的に組合せ且つ厳格にコントロールされる。」(第8頁第15ないし第19行)

(ハ)  「本発明のポリエチレンテレフタレートの成形方法に用いられる成形温度は、約200度Cから300度Cの範囲内にコントロールされる。」(第9頁第12ないし第14行)

(ニ)  「本発明のポリエチレンテレフタレートを成形するに当つては上記成形温度(加熱筒の温度)を上記の如く所定の範囲内で行なうと共に、この加熱筒の最高指示温度を所定の適正設定値から±15度Cの範囲内好ましくは±10度C以下、最も好ましくは±2.5度C以下に制御することが望ましい。即ち、後述する実施例で示されるように加熱筒の最高指示温度を所定の適正設定値、例えば、275度Cに設定した場合には、加熱筒の温度は±15度Cの上限が290度Cとなり下限が260度Cになり、この範囲内で制御されなければならず(実施例2参照)、また上記所定の適正設定値を257.5度Cに設定したときは±2.5度Cの上限が260度Cとなり下限が255度Cとなり、非常に狭い範囲内に制御される(実施例9)。このように加熱筒の最高指示温度を所定の適正設定値から±15度C以内好ましくは10±度C以下、最も好ましくは±2.5度C以下のなるべく狭い範囲内に厳格に制御することがポリエチレンテレフタレートの熱劣化の進行を阻止し、強靱な成形品を得るためにきわめて重要なことである。」(第10頁第2行ないし第11頁第5行)

(ホ)  「本発明のポリエチレンテレフタレートの成形方法は、(中略)成形温度を約200度Cないし300度Cの範囲内に維持しながら且つ加熱筒の最高指示温度を所定の適正設定値から±15度Cの範囲内、好ましくは±10度C以下、最も好ましくは±2.5度C以下なるべく厳格にコントロール(後略)」(第12頁第12行ないし第13頁第4行)

(ヘ)  「成形材料を加熱筒温度250~270度C、(中略)の成形条件下で(中略)射出成形した。」(実施例1)

「成形材料を加熱筒温度260~290度C、(中略)の成形条件下で(中略)射出成形した。」(実施例2)

「成形材料を加熱筒温度250~260度C、(中略)の成形条件下で(中略)射出成形した。」(実施例3ないし6)

「成形材料を加熱筒温度255~260度C、(中略)の成形条件下で(中略)射出成形した。」(実施例7ないし9)

右認定のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明中には、「成形温度(加熱筒の温度)」という記載があり、右記載自体をみる限り、通常は、成形温度は加熱筒の温度と実質的に同一であることを示しているものと理解されることは、被告が指摘するとおりである。

しかしながら、前記(イ)ないし(ホ)記載から明らかなとおり、本願明細書においては、成形温度の維持と加熱筒の最高指示温度の制御とがそれぞれ区別して記載されており(なお、本願明細書の特許請求の範囲には「加熱筒の最高指示温度」と記載されていたところ、昭和57年6月16日付手続補正書((成立に争いのない甲第8号証の1))により、右の部分は「加熱筒の高温部指示温度」と補正されたものであるが、両者の内容に実質的な相違は在しないものと認められる。)したがつて、本願発明に係る非強化ポリエチレンテレフタレートの成形方法においては、少なくとも成形温度と加熱筒の最高指示温度ないし高温部指示温度とはそれぞれが別個に維持、制御されるものであると認められること、及び本願明細書の発明の詳細な説明において、成形温度の上限は300度C(なお、成形温度の範囲につき、本願発明の特許請求の範囲に記載されているものと本願明細書の発明の詳細な説明に記載されているものとの間に齟齬があるが、成立に争いのない甲第7号証によれば、この点については、審判手続きの段階において本件特許出願に対する拒絶の理由として通知されていないことが認められ、審決においても審究していないところである。)と記載されているにもかかわらず、前記のとおり本願発明の実施例として記載されている加熱筒の温度の上限は290度Cであつて、成形温度と加熱筒の温度とは別個のものとして取り扱われ、その温度範囲に差異が設げられていると認められることからすると、本願発明においては、射出成形における前記一般的な温度関係を踏まえて、成形温度及び加熱筒の高温部指示温度について特許請求の範囲記載のとおりの数値限定がなされているものと認めるのが相当であつて、「成形温度(加熱筒の温度)」という記載をもつて、成形温度は加熱筒の温度と実質的に同一であると解すべきものとするのは相当でない。

次に、本願発明の特許請求の範囲に記載されている「ポリエチレンテレフタレートを成形温度約210度Cないし295度Cの温度範囲に維持」するという点がいかなる手段によつて達成されるのかについては、本願明細書の発明の詳細な説明には何ら具体的に記載されていないが、右記載が存しないことを理由として成形温度と加熱筒の温度とは実質的に同一であつて、両温度は相関関係にはないものと解すべき必然性はないものというべきである。

そして、叙上説示したところから、本願発明の特許請求の範囲において、成形材料の温度範囲の制御と加熱筒の温度範囲の制御がそれぞれ別個に意義のある構成要件とされていることが、本願発明について射出成形における前記一般的な温度関係が該当しないことの根拠とすることができないことは明らかである。

以上のとおりであつて、被告の前記主張は理由がなく、本願発明についても、成形温度は成形材料の内部摩擦による自己発熱のために加熱筒の温度よりも高くなることがあるという射出成形における一般的な温度関係が該当するものというべきである。

したがつて、本願発明について、「加熱筒の高温部指示温度は少なくとも成形温度より低くなることはあり得ない」としたうえ、「特許請求の範囲では、加熱筒の高温部指示温度の上限290度Cが成形温度の上限295度Cよりも低く特定されていて論理上矛盾する。」との審決の判断は誤つているものというべきである。

2 金型温度について

前掲甲第4号証の2によれば、本願明細書には、金型温度について「本発明のポリエチレンテレフタレートの成形方法は更に金型温度を設定温度から±7.5度Cの範囲内に制御すべきである。この条件を守ることによつてばらつきのない均一な成形品を得ることができる。」(第12頁第7ないし第11行)と記載されていることが認められ、右記載によれば、本願発明においては、成形条件の一要素である金型温度について所定の値の温度を設定した場合に、その温度変動幅を厳格に制御する方法を採用しているものと認められる。

ところで、本願明細書に記載されている実施例には、金型の設定温度について、「50~60度C」(実施例1)、「130度C」(実施例2)、「55~60度C」(実施例3ないし9)と記載されていることが認められるところ、金型温度の設定値が、成形機の種類やその大きさ、金型の大きさ、成形品の形状等によつて異なることは技術的に自明のことというべきであつて、これを一括して特定できるものではないと認めるのが相当である。

したがつて、「金型温度の設定温度自体が特定されていないので、本願発明の構成に欠くことのできない事項と認められる金型温度の範囲が不明である」旨の審決の判断は誤つているものというべきである。

以上のとおりであるから、その説示の理由により本件特許出願は昭和60年法律第41号による改正前の特許法第36条第5項の規定を満たしていないものとした審決の判断は誤つており、審決は違法として取消しを免れない。

3  よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 濱崎浩一)

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